福井県旅行2日目です。朝食前に熊川宿ぶらぶらです。熊川宿の歴史・豊臣秀吉に重用され若狭の領主になった浅野長政は、天正17年(1589)に熊川が交通と軍事において重要な場所であることから諸役免除して宿場町としました。熊川は江戸時代を通じて大いに繁盛し、最盛期には1日に約1000頭もの牛馬が行き交ったといわれています.。現在は重要伝統的建造物保存地区になっています。 |
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早朝の熊川宿 電柱がなくすっきりしています。 |
軒下に清流が流れる宿場町 |
熊川宿は下ノ町、中ノ町、上ノ町と別れています。上ノ町へとぶらぶらです。
上ノ町・前川が流れています。この用水は上流の天増川の水を導入しものです江戸時代熊川は
火災が多発したため、これを防火用水として、また生活用水や灌漑用水として利用してきました |
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街道脇に大岩が「子守り岩」
よく子供たちが遊びますが、怪我をしたことがないそうです。
ともあれこの岩は長い間人々の往来を見守ってきたのか!! |
すすきが映える熊川宿 |
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熊川番所・・「入り鉄砲に出女」という言葉があるように物資の統制と物資の課税が行われていた徳川幕府の
時代熊川番所でも女子の通行手形改めや物資の運上徴収が行われていました。平成14年に熊川番所が
復元されていましたが、開館日は月・木・土、日で今日は火曜日休館日です。まぁ開館日でも早朝では無理かぁ |
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河内川に架かる中条橋・・上ノ町と中ノ町を結ぶ
重要な橋です。橋の向こうが、私たちが
宿泊した旧逸見勘兵衛家 |
旧逸見勘兵衛家の駐車場にもなっている、宿場館熊川村
役場を改修した資料館で鯖街道関係の資料や民具などが
展示されているそうですが早朝の為開いていません。 |
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中ノ町 旧問屋 菱屋 勢馬清兵衛家は古くから熊川宿の
問屋や宿場の役人、小浜藩の御用商人を務めた家柄で
屋号を「菱屋」と言いました。屋敷は熊川宿の中でも
最大級で間口が28間、切妻、桟瓦葺、平入、木造2階建、
本屋の大屋根にはむくりが付けられ、外壁の板張り部の
朱色と白漆喰の対比が印象的です。 |
御蔵道・熊川宿が設けられるとともに、年貢米を貯蔵するため、小浜藩では現在の松木(まつのき)神社境内に土蔵12棟を建て年貢米3万俵を収納していました。この蔵屋敷と川船運行が行われた北川をつなぐ通路として利用されており、重きをなしていたためか御蔵道の名前が付いています。板塀や石垣、水路と調和して情緒ある路地になっていました。 |
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白石神社・熊川宿の氏神で祭神は彦火々出見尊、
白鬚明神、小浜藩主酒井忠勝公山の神が合祀されて
います。拝殿は坂のずっーと上のようです。 |
松木神社・・若狭の義民・松木庄左衛門が
お祀りされている神社 |
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義民・松木庄左衛門像庄左衛門は苦しみにあえぐ若狭の
農民を救うために立ち上がりました。嘆願十数回その意志を
曲げず、入牢され一人になっても願い続け慶安5年(1652)
日笠河原で磔の刑に処され悲願を達成しました。
時に松木庄左衛門は28歳の若さでした。 |
松木神社本殿は鳥居の先の坂道を少し上がった
ところにあります。また不思議な因縁ですが、
松木神社境内は、かって小浜藩の年貢米を
収納する米蔵があったところです。 |
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得法寺・山門元亀元年(1570)徳川家康は織田信長に従軍し
越前朝倉氏との戦いの節ここに宿泊したとき腰を掛けたと
いわれている「家康腰かけの松」があるお寺松食い虫の
被害に遇い現在残っているのは根元だけです。 |
得法寺本堂
浄土真宗のお寺で蓮如上人もしばらく
逗留していたそうです。 |
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街道両脇は鯖寿司やみたらし団子、お土産店が
並んでいますが開店前です。朝食の時間が迫って
きたためお宿へと戻ります。 |
朝食 お味噌汁美味しかった。 |
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朝食後、お部屋探索です |
当時のままが保存されています。 |
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ロビーのような感じになっています。 |
お宿の方との記念撮影です お世話になりました。 |
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自然豊かな宿場町上ノ町~下ノ町、
ゆっくり車で走行 |
熊川宿下ノ町、西の入口です。
記念撮影を済ませ次の目的地へと |
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上の町 道の駅・四季彩館 ちょっとぶらり
鯖関連のお土産物が並んでいます。 |
道の駅にて 鯖街道背負い体験です・・
小浜・熊川・朽木・京都 出口へと |
小浜で水揚げされた生魚を鮮度を保ち京都の錦市場の朝市に出すため正午頃に熊川に届けられた後、
熊川経由を中心とする「鯖街道」を夜通し歩き最終目的である京都出口に運ぶ必要がありました。
そこで活躍したのが馬借です。また人力にも頼っており「背負い」は重さ40~60㎏の魚荷を
背負って運搬を行い、その途中には標高500mの花折峠や途中越えという難所もありました
10時を過ぎました。越前海岸を通り東尋坊へと急ぎます。 |
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越前海岸旅情公園で休憩 |
越前海岸旅情公園に恵比寿天満宮 |
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恵比寿天満宮から眼下を・・
ご夫婦で釣りをされていました |
越前岬灯台 越前海岸のシンボル的存在で、地元の
人々に愛されている灯台ですがちょっと期待外れ。 |
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銭ヶ浜園地・・
公園のようですが釣り場のようです |
本格的な磯釣りが楽しめるようです。
駐車場ではイカを釣り上げた人と出会いました |
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東尋坊 13時頃到着です。軽く昼食を済ませ、東尋坊へと東尋坊へと続く歩道には軒を連ねたお土産店が・・
50数年前に訪れた時はこんな賑やかではなかったような気が・・
【東尋坊の名前の由来は、とても力の強い東尋坊という僧がいたのですが、怪力を頼りに暴れん坊僧で手に余り困った住民や仲間の僧達が、寿永元年(1182)四月五日、酒に酔わせ断崖絶壁から突き落としたとして伝わっていますが、もう一つの伝説として真柄覚念(まがらかくねん)という僧と一人の女性をめぐり恋敵であり、海辺見物に誘われ酒に酔わされ、その時に真柄覚念と仲間の僧達に岸壁から突き落とされ、悲恋の舞台としての説も残っています】 |
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東尋坊遊覧船乗り場を見下ろす
一周約30分 1400円 割引券利用で1300円 |
世界にも東尋坊を含め3箇所しかないといわれる
「輝石安山岩の柱状節理」。この地質学的にも
珍しい奇岩を遊覧船から存分に楽しみます。 |
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出航です。遊覧船から |
遊覧船から東尋坊全体を望む |
荒々しい岩肌の柱状節理が延々と1kmに渡って続く勇壮そのものの東尋坊は、国の名勝・天然記念物に
指定されています。なかでも岸壁の高さが20メートル以上に及ぶ大地の断崖は勇壮というより壮絶で、
日本海の荒波が打ち寄せる姿は恐ろしいほどの迫力です |
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東尋坊先端に浮かぶ雄島へと遊覧船は進んでいきます。
日本の天然記念物に指定されています。
又心霊スポットしても有名です。 |
遊覧船から雄島の板状節理を・・・ 灯台も |
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ハチの巣に似た岩 赤い鳥居が微かに
大湊神社の鳥居だそうです |
雄島 大湊神社鳥居と朱塗りの橋・雄島橋を |
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岩肌に洞窟のような穴が点々と |
仲良く並ぶ夫婦岩とか?? |
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切り立った岩の上は荒磯遊歩道に
なっています。 |
遊覧船は大池ギリギリまで入ってくれます。
仰ぎ見ます。 |
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柱状節理を間近で・・ |
遊覧船から東尋坊タワーと切り立った岩肌を |
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遊覧船からライオン岩を |
ライオン岩を後方に |
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遊覧も終盤を向えています。
時には波しぶきがかかります |
30分遊覧大いに楽しみました |
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眼下に三段岩 |
波打ち際まで行ってみます。 |
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下まで降りてきました。
滑らないように慎重に |
屏風のように切り立った岩肌、壮絶です |
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波打ち際で記念撮影 |
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三段岩・・水面から25mもの高さ(ビルの8~9階くらいに
相当)から見下ろす景色はまさに絶景 おぉ怖わ |
すぐ後ろは断崖絶壁です。
友人Vサインで記念撮影で~す |
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雄島は東尋坊の先、周囲約2キロの越前海岸でもっとも大きな島。土地の人には昔から「神の島」とあがめられています。
朱塗りの大橋をわたり石段を登ると、歴史の古い神聖な大湊神社をはじめ島の上は神秘的な雰囲気。約1キロある
遊歩道では樹齢100年を超える大木や海食による崖など、東尋坊とはまたことなった景色を楽しむことができます。 |
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朱塗りの橋を渡り雄島へと・・風がきつく飛ばされそうです
本土と雄島を結ぶこの朱塗りの橋の全長は、
224メートル、まっすぐに海を渡って行くことが出来ます。 |
雄島と大湊神社の鳥居・・
雄島は東尋坊で身投げをした人が流れ着くとか・・ |
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鳥居の両脇に狛犬・・一見ごく小さな島ですが、橋を渡ると
別世界。植生の豊かさと、柱状・盤状節理の織り成す岩場の
表情で、さながら離れ小島を探索している気分になります。
島を逆回り(反時計周り)すると死ぬとか、霊を見るとかいう
言い伝えがあります。そんなの大好き |
雄島 遊覧船から見たハチの巣岩を
間近で、迫力あるある |
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大湊神社へと石段を登ります
時計回りに一周します。 |
石段の途中に又鳥居です |
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結構キツイです。 |
遊覧船から見た赤い鳥居です。 |
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鳥居から拝殿を・・ |
拝殿前に社務所のような建物が |
大湊神社は、雄島にある唯一の神社です。源義経が落ち延びる際に立ち寄って家臣の兜を奉納したとか、
社が朝倉義景の後援を受けていた際に明智光秀が訪れて漢詩を詠んだという話も伝わっています。
真偽は別として、歴史ある神社であることが伝わってきますが、寂れた感じがします。 |
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大湊神社を過ぎ西海岸の岩場が見えてきました |
雄島の西海岸に見られる板状節理 |
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東尋坊を思い起こさせる流紋岩で出来た岩が乱立しています。そんな岩の中には、
磁石の方向を狂わせる磁石岩というものが存在しています。何らかの原因で、
その岩の周辺に磁界が出来て、磁石が狂ってしまうそうです。不思議です!本当か? |
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瓜割の水・・夏でも枯れない爪割りの水というものが
湧いています。これは湧水で、海水ではないようです。
周囲2キロメートを海に囲まれ海水じゃない、まじりっけ
なしの真水の湧き水があるなんて摩訶不思議です。 |
無人の雄島灯台 |
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散策の歩道は整備されており、途中、地形の
成り立ちなどパネルもあり好奇心も満たされます。
観光客も少なく楽しめます。 |
薄暗い森の中に、うっそうと茂る姿は独特の雰囲気が
あり、神秘的で少し怖い感じがしてしまいます。
幹が不思議な伸び方をしていて、自然のすごさを
見て取ることができます。 |
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ヤブニッケイが生い茂っています。ヤブニッケイは
クスノキ科の木で、葉をもむと「コカ・コーラキャンディー」の
香りがするそうです。時計回り一周 約一時間かかりました |
雄島から本土を・・
山中温泉へと |
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宿泊地 白鷺湯 たわらや
17時到着 お部屋です。 |
夕食まで時間があるので
温泉街ぶらぶらです。 |
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ライトアップされた「あやとり橋」 あやとり橋・・鶴仙渓遊歩道のほぼ中心に架かる
ひときわ目をひく紅紫色のS字橋「あやとりはし」。日本の伝統的な遊び、あやとりを
模したデザインは華道草月流家元勅使河原宏氏によるものだそうです。 |
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宿泊地 白鷺湯 たわらや 外観 |
前菜・茶碗蒸し・牛肉のしゃぶしゃぶ |
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好きな料理を3種類の中から選択できる会席料理Aグループ
3種類を3人でシェアします。 特選牛ステーキ・焼きガニ
ちょっと季節外れかも・あわびステーキ |
Bグループ 治部煮 郷土料理です。治部煮とは鴨肉が
調理されています。白山豆腐刺身 お味噌で頂きます・
鯛のかぶと煮 これは美味しかった |
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お刺身 |
団子鍋も付いてます
食べきれるか??まず無理 |
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ニシンそば・吸い物とお漬物栗の釜飯は食べきれず
おにぎりに(写すの忘れた)・・明日の昼食にでも |
デザート2日目終了です。
明日はメインのメガジップラインです。 |