2021年9月16日、昔の同僚3人で「但馬の小京都」と呼ばれる出石に皿そばを食べに
行って来ました。
お蕎麦を食べた後は、江戸時代の面影を色濃く残した情緒豊かな城下町、出石町を散策、そのあと、もう一つの楽しみ〝パティスリー ライラック”(朝来市和田山町白井486

079-670-1766)でジェラートを頂きます。
大手前有料駐車場に車を止めます。 
駐車場から出石城跡を・・・
ちょっとズームで・・・今回は一人の友人、
足が悪く階段が無理なのでスルーで~す
いずし観光センターで車椅子のレンタルです 今では、約50軒もの蕎麦屋が並ぶ関西屈指の蕎麦処として知られていますが、コロナウイルス自粛の為多くのお店が閉っていました
辰鼓楼・・・蘭方医と町の人々との交流がきっかけで
生まれた時計台。今では3代目の時計が、出石の
シンボルとして時を刻み続けています。
今まで一番古いと云われていましたが、2番目だそうです。
ちなみに一番古い時計は札幌の時計台だそうです。
大手前通りをお蕎麦屋さんへと・・・ 
 振り返れば辰鼓楼 大手前通りから八木通りを・・・ 
 八木通りにお地蔵さまが、お花に
囲まれてお祀りされています
休業のお店が多くうろうろ、近又さんが営業中
こちらで頂きます 
  近又さん隣の屋根の上にコウノトリのオブジェが メニューは一種類、皿そばのみです
食べ方を教わります。まず最初は塩で、2皿目は薬味を入れて、
次にトトロ、最後に卵を入れてと・・・ 
 一人前は5皿 一応一人前を・・ 塩で食べるのは初めて、あっさりして最高!! 薬味・トトロと生卵は無理なので・・・3人で一人前追加 出石蕎麦はあっちこっちで食べますが、ここで頂いたお蕎麦は最高に美味しかったです。 
 食後は散策開始です
 出石藩家老屋敷の向かいにある浄土真宗のお寺、勝林寺。  勝林寺山門
 歴史が感じられる山門をくぐると、手入れの行き
届いた境内に立派な本堂や鐘楼が立っています。
きっと由緒あるお寺なんでしょう。
豊岡市立美術館「伊藤清永記念館・
出石藩 家老屋敷」への白亜の土塀と長屋門 
 豊岡市立美術館「伊藤清永記念館」・・
出石出身で文化勲章受章の洋画家 伊藤清永の
少年期から晩年まで、数多くの絵画が展示されています。
絵画は皆興味がなくスルー
「家老屋敷」・・明治初期に出石城の全ての建物が
取り壊された中で、城内に唯一残った武家屋敷です。
外観は一見平屋建に見えますが、内部には隠し階段が
仕組まれており、実は二階建。
 上級武士の暮らしを伝える由緒ある
家老屋敷へと、入館料200円
廊下の幅は狭いです 
 座敷には無形文化財の大名行列諸道具など
出石藩に関する資料が公開されています。
座敷に入り( ゚Д゚)びっくり 
 家老さまが鎮座 
 リアルに作られています。今にも動き出しそう 座敷から庭を・・・ 
 隠し階段から2階へと・・・刀を使い難くするためか天井が低く造られ、屋根上への秘密の通路が存在するなど、不意の襲撃に備えて造られたものと推定される、様々な仕掛けを見学できます。 2階から「手打ち皿蕎麦入佐屋」を・・・ 
「ここに座って見て下さい」と・・・会議中でも座ったまま
人の出入りが見通せます。丸窓の効果で・・・
こんな所にも工夫が施されています
 大名行列のジオラマ模型 
 1Fへと・・・テレビに2020年の大名行列のビデオが流れています。 大名行列の絵図が掲げられています 
子供大名行列の諸道具  子供大名行列の槍振りの諸道具が公開されています 
  武家屋敷から内掘通り桂小五郎潜居跡へと・・・ 内堀通り‥前を行くのは車椅子の友人 
 八木通りでおはぎのお店を見つけ、
きな粉おはぎ10個お土産に・・・
店内に可愛いおじいさんとおばあさんの
人形が囲炉裏を囲んで 
本町通り  タイムスリップしたよう・・・出石は『古事記』『日本書紀』にも登場する古い町です。但馬 開発の祖神「天日槍」がこの地を拓いたと伝えられています。   宵田通り 
 宵田通りに桂小五郎潜居跡・・・桂小五郎が出石に潜み、営んでいたといわれる廣江屋跡に、現在は記念碑が残されています。廣江屋跡の他にも潜居跡に小さな碑が残っています。 大手前通りから宵田通り西方寺を振り返る・・・
人影殆ど無しで~す 
大手前通りの辰鼓楼がずっーと先に  車椅子の彼女も城下町出石散策十分楽しむ事ができました。 
   
 パティスリー らいらっく到着です。
酪農から加工、販売までの全てを一環経営されています。北海道が第二の故郷というオーナー「らいらっく」という名前も北海道にちなんで名付けられたそうです。お店から100メートル程の山手に牛舎があるようです。
ふくろうが出迎えてくれます。 
建物はログハウス風  庭をながめながらテラスでも頂くことができます。 
 季節のジェラートがズラリ  Wでラズベリーとカマンベールチーズを・・チーズ濃厚です 480円ジャージーミルクと、カマンベールチーズがたっぷり入った、ふわふわマカン1300円を自分用のお土産に買って帰りました。
 店内にも木彫りのふくろう 店内から・・・ お庭にコキア、秋には真っ赤に
大自然とゆったりとした雰囲気が漂うお店でした。 
 帰りに和田山インター近くの海鮮せんべいに立ち寄りちょっことお土産、温かいコーヒーを頂き帰路に・・・



2021年9月13日、摩耶山 天上寺(神戸市灘区摩耶山町2-12 :078-861-2684)と日本三大夜景と称され、日本夜景遺産にも選定されている〝掬星台”に行って来ました。
摩耶山天上寺は、大化二年(646年)、孝徳天皇の勅願により、インドの高僧法道仙人によって開創された古刹。御本尊は釈迦感成の一寸八分の秘仏十一面観音。その後、弘法大師が、中国より持ち帰った釈迦の生母摩耶夫人像をこの寺に納められました。それ以来、当山の名を仏母摩耶山と呼び、寺の名を摩耶夫人の昇天された忉利天(とうりてん)の名にちなんで、忉利天上と号するようになりました。
摩耶山 天上寺 右手の大杉は
神戸市「市民の木」に指定された古木。
山門前に孝徳天皇勅願寺の碑が・・
西山門 参道は石階段、両脇は萩と百日紅の花が咲き誇り、
ツクツクボウシの鳴き声が響きわたっています。
 天竺舎・・・インドから贈られた総大理石の摩耶夫人像が
おまつりされています。ガラス越しに尊像を拝むことが出来ます。
写真は自分が写って上手く撮ることが出来ません。
 漱水舎(手水舎)
 歩きよい石階段参道  参道脇にシュウカイドウ 
 参道脇にならぶモミジ、今は新緑、秋には紅葉で目を
楽しませてくれそうです。時折小鳥の鳴き声も・・・
ヤブランも参道脇に 
 長い石階段参道終了で~す  石階段横に石仏が・・・
  天上寺境内へと・・・  境内案内図
 摩耶夫人堂前ははススキの穂が出、
秋の気配が漂っています
金輪堂のご本尊は、全国的にも珍しい一字金輪さま。 
 摩耶夫人が昇天した忉利天の世界と
天上界を象徴した「摩耶創生之庭」。
出山のお釈迦さま、佛足石の周りに吾亦紅 
 全国に唯一つの摩耶夫人堂。 撮影禁止なので、遠くからズームで・・・
お釈迦さまのご生母の摩耶夫人(まやぶにん)さまと、
梵天・帝釈天の両脇侍がおまつりされています。 
  権現社には、伽藍神の釈帝権現さまがお祀りされています。  延命大地蔵尊
 法道仙人が天竺より渡来し摩耶山を開創したことを
モチーフとした「仙人来朝之庭」と金堂
天空の大舞台からの眺め。曇り空のせいで視界は余りよくないです。晴れた日には淡路島や明石海峡大橋が見え、空気の澄んだ日には遥かに小豆島まで望めるそうです。 
天空の大舞台から西山門と市民の木の古木を・・・
百日紅も綺麗 
 金堂・・ご本尊は釈迦感成の一寸八分の
秘仏十一面観音さま、他にもたくさんの
仏さまがお祀りされています。
 おめでたカエルさま・・カエルさまいわく、
「われこそは摩耶のおめでた蛙なるぞ なでてみな
家内しあわせ子ら孫らすこやか 万万歳なるぞ!」との碑が・・
前方に密教学講伝所 
法道仙人石像・・・インドより渡来し、孝徳天皇の
勅願を受けて摩耶山を開かれた仙人さま。 
一願地蔵堂・・・一願かなえてくださるお地蔵さま。
お堂のまわりに並んでいるのは、願いがかなって
納められたお地蔵さまだそうです。沢山並んでいます 
 六地蔵さまと水子地蔵さま 阿弥陀如来石仏の周りは秋の花、女郎花・吾亦紅 
 密教学講伝所裏側に轟不動  天上寺の縁起に因んで、天空の仙郷を象徴した
枯山水庭園を後に掬星台へと向かいます。 
 掬星台への途中、天上寺を振り返る。  掬星台への遊歩道、休憩所なども設置されています  
 遊歩道を掬星台へと・・・ 彼岸花が、今年は開花が早いようです 
  摩耶自然観察園への遊歩道  掬星台 摩耶ロープウェイ星の駅 ✨キラキラ小径へと・・・ 
 きらきら小径を掬星台へと・・・ 掬星台 星の駅到着 
掬星台は広々した公園です  ロープウェイ星の駅を・・・ 
 神戸市街地側の展望台 曇り空⛅の為視界が余りよくないです。 
 ワイドで・・・
展望台からの眺め  ズームでポートアイランドと神戸空港を望む 
夕日に染まる大阪湾や、埠頭に輝くオレンジ光は心身に高揚感や充実感を与え、
日没後に訪れる紺や藍色の夜景はリラックス感をもたらします。一日の半分が夜ならば人生の半分も夜。
その夜ごとに生まれる夜景には美しさだけではなく癒しの世界を導く効果があります。 
大阪側の展望台  屋根付きの休憩所になっています  大阪側の展望台から 
 大阪側の展望台からワイドで・・
 眼下の光粒を掬えそうな1000万ドルの夜景
 六甲枝垂れ方面を・・・ 六甲枝垂れ方面をズームで・・
六甲枝垂れ微かに見えます 
阪神淡路大震災で打ち捨てられていた石材は産業廃棄物として
処分されることになっていた。それがあった街での営みも
失われるような思いがし、これを蘇らせて街の中で再び
息づく事を願い制作されました。
左から、うさぎのイス・高貴なイス・
ゆーらりベンチ・太陽のイスと・・・ 
 波乗りのベンチ 庭園のあるベンチ 
掬星台を後に駐車場へと・・・  駐車場へ戻る途中道路脇にフサフジウツギが
いっぱい咲いていました。その一輪を・・・ 



2021年9月6日、前回途中で断念した、足尾の滝(神崎郡神河町長谷)に再挑戦です。
前回案内板で滝まで200mの見間違えで十分な時間がなく断念した滝です。今回は滝まで1.7kmと確かめて、右側車用の道は鍵がかかっているので左側の小さな扉から入ります。
扉前に駐車して・・・
足尾の滝まで1.7kmと、現在13時45分
舗装された登山道です。車でも登れそうですが
鍵がかかっていて入れないので徒歩で
登山道沿いは渓谷になっていて小さな滝が・・・ 勢いよく流れています
 渓谷から離れて登って行きます。 道路に倒れた木々が・・・ 
 日差しはきついですが、気持ち良い風が吹いています  登山道への案内板・・・ 
 ガタガタ道ですが、新しく整備された登山道のようです 勾配がきつくしんどいです。
登って来た道を振り返る。 
 滝はまだか? 木々の間から山々を
見上げるとしめ縄が掛かった巨石    微かに水の音が聞こえ木々の間から
滝が見え隠れしてきました。 
 ちょっとズームで・・・  足尾の滝  
ゆっくり登ったので約40分かかっていました
足尾の滝は千町ヶ峰、暁晴山、夜鷹山、平石山など1000mを超える山岳に囲まれた高原地帯、神河町(旧大河内町)にあります。
落差が28mで、安山岩の黒肌に一つの流れが二筋に分かれ、それが幾筋もの水の滴れになって滝壺に注がれています。
 水の量がちょっと少ないかも・・・ 滝の真下まで近づくことができます。 
 滝の真下から滝口を見上げる。
水量が多いとこんなことはできません。
天狗のとまり木と呼ばれる樹齢数百年の桧の大木へは、この橋を渡って行けるようですが、この時は気が付かず見逃してしまいました。 
 橋の下を勢いよく渓谷へと流れていきます  色んな方向から・・ 
  一筋に流れ落ちる 風に乗って水しぶきが・・・涼しい 
 最後にもう一度足尾の滝を・・・
 帰りは山斜面の細い道を・・・踏み外すと真っ逆さま  慎重に、来る時見上げた巨石の横を・・・ 
  巨石の下に小さな祠・・・於知奈井神社と 下りは余裕が出来て周囲の山々を・・・ 
 道路を塞ぐ巨石  下りはラクチン
  道路を塞いでいたのは山藤でした 駐車した車が見えてきました。
ちょっと足を延ばして砥峰高原へと・・ 
 砥峰高原への途中、〝清水お大師” 水汲み場が・・・
丁度空の容器を積んでいたのでちょっこと汲みます
砥峰高原到着 
 緑の草原とススキの穂が風に揺れて
季節によって異なる表情を見せる砥峰高原では、訪れるたびに、ひと味違う美しさに出合えます
 ワイドで 平清盛・軍司官兵衛・ノルウェイの森のロケ地になっています
 ロケ地の記念パネルが立てられた撮影スポットからワイドで・・・
 とのみね交流館からワイドで・・もう少しすると黄金色に輝くススキを見ることができます
 とのみね交流館から  ススキの花言葉は「活力」「心が通じる」。
 帰り道・・・水車公園で休憩、こっとん亭では、手打ちそばや
地元の郷土料理が味わえる食事処になっていますが、
月曜日はお休みのようです
水車小屋 
  鍵はかかっておらず中を見ることができましたが、
動いてはいません
茅葺の水車小屋 
今日も一日無事終了 すがすがしい一日でした。秋がそこまで近づいています 



2021年8月30日、毎日暑い日が続いています。涼しさを求めて宮津市にある金引の滝まで出かけてみます。
自宅から約110km、高速を使わずに一般道で向かいます。 11時15分出発です’
元伊勢観光センターでトイレ休憩(福知山市大江町内宮175-1)
月曜日はお休みです。
KTR宮福線大江山口内宮駅近く すぐ横が線路になっていました
元伊勢観光センターの青鬼"元鬼”くん
青鬼〝清流鬼” 二瀬川渓流に青鬼〝茶屋右衛門”
 二瀬川渓流に赤鬼〝茶屋左衛門” 鬼ケ茶屋
鬼ヶ茶屋は大江山中腹の今普甲道(宮津街道)沿いに
位置する茶屋です。今は営業されていないようです。 
 鬼の茶屋付近から二瀬川渓流下流を・・・  上流に川遊びする人が・・・ 
 二瀬川渓流には駐車場もあり、上を
見上げると吊り橋がかかっています
 鬼伝説で有名な大江山を源流とする二瀬川は、宮津から大江町への府道9号線沿いに由良川へと流れる美しい渓流です。その中で「二瀬川渓谷」に架かる吊り橋の「新童子橋」を中心とする一帯には、大江山酒呑童子伝説にまつわる遺跡や参勤交代の古道も残されており、四季折々の自然を楽しみながら散策が出来る絶好のスポットとなっているようですが、気になりながらも先へと・・・
大江山登山口にも赤鬼〝分鬼”  
鬼達の出迎えが楽しい!! 
大江町から宮津への普甲峠(府道9号線)から
宮津湾を望む(13時48分頃) 
  金引の滝駐車場14時19分到着 10台程の駐車スペース有り
(京都府宮津市滝馬)途中寄り道をしていたら
3時間かかってしまいました。
駐車場から滝入り口へと進みます 
小さな滝が・・・ 滝入り口には苔むして味わい深い景色の中、溶け込むように
「日本の名瀑 金引の滝」と刻まれた碑が出迎えてくれます
いきなり階段です
金引の滝碑、横の石階段から滝が見えてきます  急な石階段を上ると・・・ 
 臥龍の滝のようです。


                 二股に分かれた可愛い小滝→
臥龍の滝の上部
 北向き地蔵と・・・
北向きに建てられているお堂は珍しいで~す
北向き地蔵さま 
 北向き地蔵前の滝は白滝(はくりゅう)  白滝から上部に金引の滝がチラッと見えています。 
 勾配がきつい石階段が続きます。 階段上から白滝を・・・ 
  なだらかな坂の先に金引の滝が見えてきました。 ゆっくり10分程で金引の滝到着です。 
 小さな石橋は滝見の橋となっているようです
金引・白滝・臥龍三爆を総して「金引の滝」といわれているようです。
 日本の滝100選の一つ「金引の滝」は高さ約40メートル、幅約20メートルで、一年中豊かな水量を誇る美しい滝です。
は左右に流れて落ち、右側は「男滝」、左側は「女滝」と呼ばれています。
 左側の「女滝」 右側の「男滝」 
 花崗岩から流れ落ちる水しぶきがマイナスイオンを
作り出して居心地の良い自然空間が広がっています
涼しい(^^♪
滝壺がなく砂地になっているので小さな
子供などは水遊びが楽しめそうです
 近づくと水しぶきがかかり気持ちいい  最後にもう一度、金引の滝を・・・
 大手川を経て宮津湾へと流れていきます 駐車場へと戻ります

 道路脇で元伊勢三社の案内板を見つけ、元伊勢外宮 豊受大神社に寄ってみることに・・・
大江町の二社を元伊勢神宮といい天岩戸神社を含めて元伊勢三社といわれています。
元伊勢外宮 豊受大神社 社務所
(京都府福知山市大江町天田内60)

三重県の伊勢神宮外宮の元宮になった神社。
元々丹後地方に天下った農耕の神様で、雄略天皇の22年、
神夢より伊勢山田原に迎えたのが伊勢宮外宮の
始まりとされ、ここ豊受大神社はその元宮だと言われています。
社務所前から拝殿へと続く長い石階段 
 百数段ありました。 手水舎 
 黒木鳥居・・黒木鳥居とは樹皮がついたままの
丸木材を持って組み合わされた鳥居で、
全国的にも珍しいそうです
拝殿・・左殿(向かって右):天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)天照皇大神が天の岩屋にお隠れになった時、戸を開いて皇大神を連れ出した大力の神。技芸上達、スポーツ向上などの神様とされています。右殿(向かって左):栲機千々姫命(たくはたちぢひめのみこと)高天原から葦原中国(日本国)に降臨した瓊瓊杵尊(天照皇大神の孫)の母神。織物の神様として信仰される他、安産、子宝などの神徳をもつとされます。 
 拝殿・・・ご祭神・天照皇大神 80余の小宮が、ご本殿を中心に、
前後左右を囲んでいます。 
 龍燈の杉樹齢1500年と伝えられるご神木。
この巨木の梢に節分の夜、丑三つ時になると龍王が龍宮から
天照皇大神に神灯を捧げるという神秘な伝説があります。
 龍登の桧・・龍神から螺旋を描き天へと
駆け上るようにそそり立つご神木

十分楽しみ、2時間ちょいかけて帰ります。殆どドライブか??




2021年8月26日、神戸西区の六地蔵めぐりで時間切れになってしまった、六地蔵客番霊場 須磨寺に行ってきました。
真言宗須磨寺派の本山「須磨寺」、正式名は上野山福祥寺ですが、古くから「須磨寺」の通称で親しまれてきました。平敦盛遺愛の青葉の笛や弁慶の鐘、さらに敦盛首塚や義経腰掛の松など、多数の重宝や史跡があり「源平ゆかりの古刹」として全国的に知られています。
須磨寺案内図 駐車場すぐに正覚院・・・須磨寺3塔頭のひとつで、
本尊・愛染明王がお祀りされています
正覚院前に、地蔵尊  仁王門へと続く龍華橋
 仁王門は、源三位頼政の再建、仁王力士は
運慶及び湛慶の作と伝えられています。
千手観音 法輪の手形に手を置くとチーンと音が鳴ります。千手観音の手の数は、合掌する2本を除いて40本あります。1本の手が25世界を救うものであるので、40掛ける25で1000本になるということです。 
観音池に多数の亀が・・・寒い季節は冬眠するので
石の亀さんに代わるようです。
祈り やすらぎ 夢広場に石仏レリーフが・・・ 
 参道に須磨寺手水舎・五鈷水と弘法岩 弘法岩 
 
 櫻寿院・・・塔頭三院の一つ 櫻寿院 ご朱印 
 阿弥陀如来を本尊とし、右の脇侍に大日如来と
浪切不動明王、左に弘法大師と秘鍵大師を奉祀。
櫻寿院前に地蔵尊 
 その横には弁財天 蓮生院 本尊・不動明王 塔頭三院の一つで、「蓮生」とは熊谷直実が「蓮生坊」と名乗ったことに由来する。直実は一の谷の合戦で戦死した平敦盛菩提の為、法然上人のもとで修行し、諸国行脚の途中、須磨を訪れたといわれています 
 本堂への石段 本堂への石段の途中に厄除大師堂
 厄除大師堂横に、弘法大師像と地蔵尊 唐門から本堂を・・・ 
  写経輪堂・・お堂全体がくるくる回る、大きなマニコロ。
中に奉納された写経が納められています
弁慶の鐘 
 護摩堂・・・不動明王・摩利支天・神変大菩薩が祀られています。
毎月3と8の付く日と20日・21日の縁日には、
午前10時より護摩祈祷が行われています。
大師堂・本堂・護摩堂と並んでいます
本堂・・慶長七年(一六〇二)豊臣秀頼が再建したものです。
内陣の宮殿は応安元年(1368)の建造になるもので、重要文化財です
昭和47年、文化庁の指導で全面解体修理が行われ、
六百年前の姿に復原されました。
 本尊聖観世音菩薩、脇侍毘沙門天、不動明王が祀られています。
 
 須磨寺 ご朱印 大師堂・・宗祖弘法大師ならびに真言八祖がお祀りしてあります。
毎月二十日、二十一日に「須磨のお大師さん」と
して縁日で賑わいます。 
 堂内・弘法大師像 源義経はこの松に座って敦盛の首を実検したと
伝えられてる古木、熊谷直実に討たれた平敦盛の
首を洗ったと伝わる池。「敦盛首洗いの池」
 八角堂(経木供養所) 八角堂内部に沢山の経木供養がされています。 
 水子地蔵大菩薩にも経木供養が・・・ 厄除大師像も奉納 
ひとすじ弁財天・・・平成28年(2016)改修。須磨琴を弾く
お姿の「ひとすじ辨財天」がお祀りされています。 
五智如来(神戸十三佛霊場) 左から 寶生如来・阿弥陀如来・
大日如来・不空成就如来・阿閦如来と並んでいます。 
出世稲荷社・・・当山鎮守 尾玉・荒熊・末廣三明神は平清盛公が、都の守護神として祀り、武家として立身出世を成した為、何時しか出世稲荷として信仰を集めています。  商売繁盛・事業繁栄・立身出世等の
ご祈祷をして頂けます。

 奥の院への参道


  三重塔・・弘法大師千百五十年御遠忌、当山開創千百年、平敦盛卿八百年遠忌を記念して昭和五十九年に再建されました。(旧塔は四百年前の文禄大地震の際に倒壊。)
室町時代様式を基調とし、内部には大日如来がお祀りされています。内陣の天井と壁面に多数の摶仏を配し、四方扉の内面に八祖像と六ヶ国語による般若心経を刻銘したことや、塔上の水煙に釈迦誕生像を配したことなどがこの塔の特徴となっています。
塔敷地の周囲には四国八十八カ所お砂踏み霊場があり、
各札所の砂をガラス越しに踏んでお詣りが
出来るようになっていました。
左から、みざる・いわざる・みてござる・きかざる・おこらざる。
まんまんちゃんは、善い行いも、悪い行い見て五猿・・・
おさるさんの頭を撫でると手が動くようになっています。
親子地蔵・・・大正四年、須磨沖で起きた母子心中事件をもとにし、芝居、映画等で当時の人々の紅涙をしぼった家庭悲劇『須磨の仇波』の実際の主人公、川上愛子、初音親子の霊を慰め、永く世の家庭不和に泣く人のないことを願って建立されました。 
 六地蔵菩薩・・・地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天、六道に
輪廻する一切の衆生を救って下さる仏様です。
 一畑薬師如来 
 シベリア 蒙古戦没者慰霊碑
終戦後も日本へ帰国できず、故郷を思い続け亡くなったシベリア抑留兵の慰霊碑前にいる熊さん。頭をなでると「異国の丘」が須磨一弦琴の音色が流れます。
あっちこっちにお地蔵様が・・
こちらはお助け地蔵尊 
 金浦敦童子(きんぽとんどうじ)
きん(金太郎のように健康で)、ぽ(浦島太郎のように夢を持って)、とん(敦盛のように心優しく音楽を愛してほしい)、との願いを込めて子供を守ってくれます。是非お詣りを・・・
奥の院参道、ここでUターン 
 書院 書院は阿弥陀如来を本尊とする持仏堂でもあります。 
本坊・・本坊は一絃須磨琴の保存会本部、
稽古場にもなっているようです 
庫裏
 本坊庭前には、滝の流れる庭、芭蕉句碑、
真鍋豊平の歌碑などがあります。
芭蕉の句碑が・・・
須磨寺や ふかぬ笛きく 木下闇 
本坊前から源平の庭を見下ろす。   奥の院参道
 十三佛入口に色んな動物が合体したようの像が鎮座
奥の院参道・・十三佛は亡き人の追善供養・子供や親族縁者の
無事と成長、そして自分自身の現在と後世の安心(あんじん)を
願うお参りです
不動明王・・・初七日まで導いて下さる佛さまです。
釈迦如来・・二七日(ふたなのか)までを導いて下さる佛さまで、人々の欲望・中傷・憎悪が渦巻く娑婆という泥沼にいても、
いつも美しい心を持つように導いて下さいます。

文殊菩薩・・三七日(みなのか)までを導いて下さる佛さまで、獅子の背中に乗って何者も佛の知恵にはかなわないことを表し、
私たちに知恵を与えて下さいます。

普賢菩薩・・四七日(よなのか)までを導いて下さる佛さまで、白い象に乗って慈悲の心を表し、私たちの煩悩を打ち砕き
悟りの世界へお連れ下さいます。

地蔵菩薩・・五七日(いつなのか)まで導いて下さる佛さまで、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六つの世界に渡って
私たちの罪苦を除去してくださいます。

弥勒菩薩・・六七日(むなのか)まで導いて下さる佛さまで、お釈迦様が入滅されてから十六億七千万年後に、この世に
現れ私たちをお救い下さいます。

薬師如来・・七七日(満中陰)へ導いて下さる佛さまで、薬壺を持ち万病を治療し人の寿命を延ばすことを本願とされています。

観世音菩薩・・百箇日の佛さまでこの世で悩み苦しむ人の声や姿をお観じ、慈悲を以て私たちをお救い下さいます。

勢至菩薩・・一周忌の佛さまで知恵の光を持って諸々の苦難を除き、私たちに無上の力を与えて下さいます。

阿弥陀如来・・三回忌の佛さまで生きとし生ける者を救済するため、本願をたて修行を重ね西方極楽浄土において説法されています。

阿閦如来・・七回忌の佛さまで東方の浄土で説法をされており、怒りを断じ、しっかりとした自分を築こうとする人々を
応援して下さいます。

大日如来・・十三回忌の佛さまで、すべての佛さま神さまの中心であり、そのお姿は大地のあらゆるもの宇宙生命そのものを表しています。

虚空蔵菩薩・・三十三回忌の佛さまで果てしなく無量の福徳・智恵を私たちに与え諸願を成就させて下さいます。

 奥の院参道にふれあい布袋様が・・・ 赤い涎掛けをかけたお地蔵様がズラリ・・・ 
 やっと奥の院 お堂が見えてきました 宗祖弘法大師が祀られています。
毎週日曜日、午前11時から参拝者とともに勤行が
行われます。勤行の後には法話があります。 
  高野山奥の院遥拝所  奥の院に心願大師と波切不動尊が・・・

 奥の院から七福神をお詣りしながら下ります  

寿老人・・長寿を表す鹿を連れていることもあり、無病息災・寿命長遠を授けてくださる中国の神様です。

布袋尊・・中国で実在したお坊様で弥勒菩薩の化身といわれています。全ての物を愛し、福を授けることを喜びとされる神様です。

大黒天・・打ち出の小槌と財宝の詰まった袋をお持ちになり、台所の神様としても知れれている。インドから来られた神様です。

弁財天・・七福神の紅一点。水・河の守護神ですが、音楽や踊りの上達、良縁も授けてくださるインドの神様です。

毘沙門天・・多聞天とも呼ばれ厄を払い、はかり知れ宝物や幸福を与えてくださる四天王の一人でもあるインドの神様です。

恵比寿神・・お姿から漁師の神様と言われていますが、商売繁盛・開運招福・厄除けなどの願も叶えてくださる、唯一日本の神様です。

福禄壽尊・・福は幸福 禄は財 壽は寿命 中国の神様です。

納札しないままのお詣りになってしまいました。

 寶物館・・・小石人形舎、源平の合戦や百人一首など、須磨寺ゆかりの人物の石人形たち。 
 光源氏を彩る人々  夕顔 葵の上 紫の上の姿も
 常盤御前雪の別れ 平家物語終章 
 壇ノ浦哀話  平 敦盛 青葉の笛 
 からくりで動く石人形たち(源平一ノ谷合戦) 青葉の笛などの平敦盛公と源平ゆかりの宝物や須磨寺の歴史的宝物が展示されています。青葉の笛(太い方)・高麗笛(細い方)
敦盛は時に年16笛の名手であったその遺愛の青葉ノ笛が展示 
平敦盛・熊谷直実、文楽人形  「七福神マニコロ」
亀の背中に乗った七福神を回しながら拝む。亀の背中に乗ってもかまいませんが、七福神の上に乗るとバチが当たるとか・・・ 
 ぶじかえる・・目玉と首が回るカエルです
ビックリしたい人は目玉を、借金で困っている人は
首を回してください。と・・・
わらべ地蔵 かわいらしいお地蔵さんに悩み相談。
ひとりひとりのポーズに注目!! 
 源平の庭・・・今から八百年前の平敦盛・熊谷直実の一騎討ちの場面を再現した庭です。
寿永3年(1184AD)一ノ谷合戦の際、源氏の荒武者熊谷直実は、海上に馬を乗り入れ沖へ逃がれようとする無官大夫平敦盛を呼び返して、須磨の浜辺に組み討ちその首をはねた。
平家物語が伝える最も美しく最も哀しい有名な史話である。
龍華橋から須磨商店街、須磨駅へと続く道路を・・・
龍華橋傍の駐車場は有料。料金900円でした。

 

 



2021年8月23日、23日、24日は地蔵盆です。地蔵盆供養に、神戸六地蔵霊場巡りに行ってきました。
お釈迦様の教えによれば、人間は死後六つの世界(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間界・天上界)に迷うと説かれています。私たちは閻魔様の裁きによって、その六道界の世界で裁きを受けるのですが、その六道の世界で人々に仏の教えを説き、救済して歩き回っておられるのが、お地蔵様といわれています。
一番札所 三身山 太山寺(神戸市西区伊川谷町前開224)
仁王門(入母屋造・本瓦葺・棟高8m の八脚門)
仁王門から中門へと続く参道
参道に太山寺塔頭一院の安養院 安養院の庭園は、阿弥陀堂や原生林を借景として造られた県下でも最古に属する庭だそうですが門が閉っていて入ることが出来ません。門の隙間から、お庭をちょっこと・・
 長~い石段の上に中門 中門まっすぐ正面に本堂 
本堂 本尊・薬師如来  三重塔・・・心柱宝珠柱の銘と棟札 から、貞享5年(1688) の建立。初層内部の須弥壇には、 等身大の大日如来坐像 及び四天王立像が安置されています 。 
神戸市内の建造物の中で唯一の国宝に指定されている建物。
弘安八年(1285)の火災で前身の建物が焼失し、その後復興に
とりかかり永仁年間(1293~99)再建された。 
本堂に神戸六地蔵の一つ、千體地蔵菩薩がお祀りされています。
罪が罪を生み苦の世界、地獄道におられるお地蔵さま 
 本堂縁から三重塔を・・・ 本堂から真っすぐ続く中門を・・・ 
 阿弥陀堂 阿弥陀如来坐像(重要文化財・ 鎌倉初期) 
 護摩堂 地蔵尊 
 羅漢堂 ミニ四国88ヶ所巡りが出来るようです。 
 兵庫稲荷大明神 観音堂 
奥の院の案内板を見つけ行って見ることに・・・
太山寺川に赤い橋が 
閼伽井橋を渡り奥の院へ・・・ 
稲荷社・・・これより先危険、立ち入り禁止の張り紙が・・   奥の院に可愛い石仏が・・・ 
 
 地蔵堂の下に、ぽっかりと穴が・・・昔は巌窟を通って水が
勇き出 ていたようですが、今は出ていませんでした。
神戸六地蔵一番霊場太山寺 ご朱印 
罪が罪を生む苦の世界、地獄道におられるお地蔵さま(壇陀地蔵)

 太山寺で長く時間を取ってしまいました。大急ぎで2番霊場 金市山 潮海寺(神戸市西区今寺9-1)へ
 鳥居には「豊川荼枳尼尊天」、お堂は「護法堂」。
「潮海寺」の鎮守のお稲荷さま。 
2mほどの奥行きがあり、小さなお不動さまが
祀られているようです。 
 潮海寺は、北朝観應2年(1351年)、赤松氏範の開基。
定羅上人の開山。現在のお寺の建物は、昭和40年に、
大々的な工事で、修繕されています。
昭和47年建立の本堂。本尊・十一面観音は
慈覚大師円仁が唐より持ち帰ったものといわれ、
秘仏となっています。 
 子供を抱くお地蔵様がズラリ 
 延命地蔵尊 水子地蔵尊 
 
コロナウイルス感染予防の為
潮海寺前のアソカホール内でご朱印を・・・ 
二番霊場 金市山 潮海寺 ご朱印
飢え、欲張りの世界、餓鬼道におられるお地蔵さま(宝珠地蔵) 

続いて3番霊場 願王山 地蔵院(神戸市西区枦谷町松本495)へと・・・ 
南北朝時代に創建された禅宗の寺 緑に包まれた境内 
境内に可愛い六地蔵さま 
不動明王さまがお祀りされているお堂  心の地蔵尊 
心の地蔵尊、お堂裏に沢山の地蔵さまが鎮座 
 
 本堂 本尊・地蔵菩薩  第三番霊場 願王山 地蔵院 ご朱印
動物的無道徳の世界、畜生道におられるお地蔵さま(宝印地蔵)

続いて四番霊場 覚照山 慶明寺(神戸市北区平野町慶明97)へと・・・
 お盆を迎え一言願いを募集、応募の中よりベスト
20名の方の一言が、風鈴の短册に印し門前の
藤棚に披露されています
弘安4年(1281年)建立の臨済宗妙心寺派の寺院。弘安四年(1281年)法外圓和尚によって開山。「今昔物語」にも登場する平安時代の陰陽師・安部清明(921~1005年)が住を構えていたともいわれています。 
水子供養尊 本堂 本尊・薬師如来 
 境内に南無観世音菩薩さま 四番霊場 覚照山 慶明寺 ご朱印
争い続け、平和の無い世界、修羅道におられるお地蔵さま
(持地地蔵)

続いて五番霊場 智嶺山 長福寺(神戸市西区押部谷町養田369)へ・・・
 天平2年(730)行基により開かれた真言宗の寺院 。仁王像を左右に配置した仁王門です。 
左右に阿吽像 
 本堂は江戸時代中頃隣山近江密寺の
阿弥陀堂を買い再興したも。
本堂前に静香観音
本尊は地蔵菩薩 左手に宝珠、右手に錫杖、ふくよかなお顔で
遅くとも平安末期の作とみられ、身長120cm、木造一木造り。
脇侍像は不動明王、毘沙門天。この地蔵菩薩は平清盛の
甥小川流忠快律師一の念持仏とも考えられています。
 境内に見事な灯篭 不動明王と妙澤不動 
 境内に布袋尊も鎮座 駐車場から境内へと続く山門
 駐車場入り口に沢山のカエルが・・・   お墓の入口に配置された閻魔大王像 
駐車場に阿吽像  閻魔さまの上部に寝釈迦像
 
 お寺とお墓を守る六地蔵 五番霊場 智嶺山 長福寺 ご朱印
生老病死、天災に悩まされる世界、
人間界におられるお地蔵さま(除蓋障地蔵) 

 続いて六番霊場 無量寿山 西光寺(神戸市西区神出町田井382)へ
 地蔵盆の提灯が道路をまたぎズラリと・・・  阿弥陀如来信仰が播磨の国に浸透しつつあった鎌倉中期建長年間(1249~1255)唯称院心覚禅師(後の性海寺第3世)が無量庵を開基。幾多の変遷を経てこの地方に秀吉の兵火が収まった明暦年間(1655~1657)中興第1世霊幢上人が現本堂を建立し、無量寿山西光寺と称した。
 息災門・・鬼神に守られた通門 朱色の不動堂・・・降魔息災と扁額が・・・ 
 本堂 本尊は阿弥陀如来 本堂前に仏足石 
 大師塔と大師堂 大師堂横に地蔵尊 
善光寺型 六地蔵尊・・水向け供養所  水向け薬師如来(病魔退散祈願薬師如来)
 側面に水向け不動尊 
 大地蔵尊 胎内に万霊供養祈願石を奉安
尊像前庭に「三途の川」に赤い橋が・・・
 大地蔵さま足元に可愛いお地蔵さまが・・・
 大地蔵尊周辺に地蔵尊奉納された
お地蔵様が整列 数の多さに圧巻
信徒会館 歓喜閣・・・地蔵盆供養会場 
 
 歓喜閣天井にカラフルな絵が描かれています
こちらでご朱印を頂きます。
 六番霊場 無量寿山 西光寺 ご朱印
快楽に溺れ、死の苦しみのある世界、
天上界におられるお地蔵さま(日光地蔵)
 ご朱印時間が終了、客番霊場 須磨寺は次回に・・・




2021年8月19日大阪南港ATCギャラリーで開催されている、"ミイラ「永遠の命」を求めて"に行ってきました。
「ミイラ」とは何か。一般的なイメージでは「乾燥した人間の遺体」。

ミイラの種類」・・現存するミイラは自然によってできた「自然ミイラ」と、人間が作り出した「人口ミイラ」に分類されています。自然ミイラとは微生物の活動を仰制する条件が自然に達成されて、死体がミイラになったもので、後世の人間に発見されるという幸運も必要です。人工ミイラとは微生物の動きを仰制する条件を人が満たすことでできたミイラです。
ATCギャラリー会場前に大きなパネルが・・・ ギャラリー前から〝さんふらわあ”ターミナルを・・・ 
南港ATCホールの外観を・・・  会場内撮影禁止です。写真集を買って、その中から・・・
チリバヤ文化のミイラ

中国の肉身仏
内部のCTスキャンで人体が入っていたことが分かった

ナスカ文化のミイラ


バブアニューギニアのアンカ族のミイラ


下腿部を交差させ人工変形頭蓋をもつ20-40歳の女性のミイラ
副葬品からペルー中央海岸のチャンカイ文化に属すると推定されています。CTスキャンによる分析では、手の中に人間の乳歯が2つ存在することが明らかになった。(乳歯は復元模型)1390年頃ー1460年頃

←人工変形頭蓋と腐敗防止処置の痕跡が
ある4歳ー6歳の子供のミイラ
ペルー、出土地詳細不明 先コロンブス期、
1270年ー1400年頃
 女性と2人の子供のミイラ  大人は30-35歳 頭部下の子どもは2-3歳の女児、腹部上の子どもは1-2歳の女児と判明した。
いずれも内蔵が残っていることから自然ミイラと推定されています。
チリ北部? 先コロンブス期 1000年ー1400年頃
大人の頭部の下にあるミイラは同時に埋葬されたと推定されているが、
腹部の上のミイラは後世に腹部の上に置かれたものとおもわれる。
インカ帝国のミイラ
チャチャポヤのミイラ・
ジャングルのミイラ・・完全な状態で
発見された数少ないミイラ包み
(成人女性のミイラが納められている)
チャチャポヤのミイラ・典型的なミイラ包み
(成人男性のミイラ、顔を赤く刺繍するのは
典型的なインカ文化の特徴である)
チャチャポヤのミイラ・子どものミイラ包み
(頭頂部から木綿糸と人の髪の毛を
編んだ紐が下がっている)
チャチャポヤのミイラ・顔出しミイラ
盗掘者によって顔がむき出しにされた成人女性のミイラ

「死者の書」の場面が描かれたミイラのリネン包帯
ミイラになった死者がライオンの形の棺台に横たわっている。台の下に置かれた4つの袋は保存処置を済ませた死者の内臓を納めるカノポス壺を表している→

エジプト 末期王朝時代のカノポス壺  
期限前500年ー前300年頃
内臓を入れる壺
 腕を交差している33ー40歳の男性のミイラ
エジプト、出土地詳細不明 末期王朝時代 グレコ・ローマン時代 紀元前410年ー前250年頃
脳は鼻から取り除かれ、内臓は左脇腹を切開して取り出され、体内にはリネンやナトロンを入れた袋などが詰められている。
リネンでできた男性生殖器が取付られているが、これはオシリス神の神話に基づいている。
腕を交差する姿勢は、新王朝時代には「王族のミイラ」でのみ見られたが、第3中間期以降は王族以外でも利用されていた。
イラにされた動物たち
1段目)猫のミイラ 2・3段目)ハヤブサのミイラ 
下)トキのミイラ
これらのミイラは、死者の食事として、来世のペットとして、
また神への捧げものとして作れれていた。
彩色が施されたアンナの頭骨  
(オーストリア、ハルシュタット 1800年ー1900年頃)
ヨーロッパでは人間の遺骨保存されることがあった。アルプス地方では死者の頭骨に絵を施したり、名前や生年月日、死亡年月日をも明記するのが習慣となっていた。この頭骨はオーストリア、ハルシュタット市の若い女性のもので、花や植物のツタ、フルール・ド・リスで装飾されている。アンナという名前は頭骨の右側面にはっきりと読み取ることが出来る。

ヨーロッパのミイラ ウェーリンゲメン(オランダ、ドレンテ州、
ブールタング湿原(ウェーリンゲ郊外)紀元前40年ー後50年頃)
ブールタング湿原で2体の湿地遺体が発見された、
当時大きい方が男性で小さい方が女性と推定されていたが、
1988年行われた分析の際小さい個体の皮膚の一部が髭の
生えた顎の部分であることが判明。小さい方の湿地遺体も
男性だった。保存状態が悪いため2人がどのような
関係だったのか、なぜ一緒に埋葬されたかは不明。
カナリア諸島の女性30ー40歳のグアンテェ族の社会で高い地位にあったとみられるミイラ 
(カナリア諸島(テネリフェ)1250年-1350年頃)
この女性のミイラは内臓は取り除かれず、表面に泥や樹脂などが塗布されていたため、身体は儀式的に清められたと考えられています。
遺体を乾燥する方法にも人工的な痕跡は認められない。ミイラはヤギの皮で作られたマットに包まれていた
ヨーロッパの湿地遺体
1897年にオランダにある釜状陥没地の湿地で発見された。
死亡時期は紀元前40年から50年までの間、死因は窒息死。
スプラング編みの帯が首に何重にも巻き付けられており、
これで絞殺されたと考えられている
オセアニアの肖像頭蓋骨(パプアニューギニア、セビック川流域 
1800年ー1900年頃)
イアトムル族によってつくられた「肖像頭蓋骨」であり亡くなった本人の頭骨を基にして、粘土や樹脂などで肉付けを行い、生前の顔つきが再現されている。顔の模様は生前の入れ墨や祭りの際にしていたペインティングが再現されており、まったく同じ模様の「肖像頭蓋骨」は存在しない。



中国のミイラ 
 約3800年前に埋葬された楼蘭の美女→

トーロマン。1950年にデンマークのシルケボーに近いビェルスコウの谷で発見された、紀元前400年頃に絞殺された湿地遺体で、ベルトと羊皮」の帽子だけを身につけていた。

 日本のミイラ・江戸時代の兄弟のミイラ 左)兄のミイラ  右)弟のミイラ
この2体は江戸時代の自然のミイラで埋葬された墓地を改葬する際に発見された。墓碑から兄弟であることが判明している。
発見当時はやや弾性が残っていたが、その後乾燥してミイラ化した
本草学者のミイラ 1832年頃
日本人のミイラのうち、宗教的な目的以外で自らミイラを志して成功したのが、このミイラです。
この人は江戸時代の本草学者(現在の博物学・薬学)で1832年(天保3)年に亡くなった。生前、
自分の研究成果を確かめるため、自らの遺体を保存する方法を考案し、「後世に機会があれば掘り出してみよ」と
言い伝えていた。第二次世界大戦後、墓地移転の際に、子孫の方が立ち合いのもとお墓を
発掘したところ、言い伝え通り遺体はミイラ化していた。 
弘智法印 宥貞 福島県石川郡浅川町の
貫秀寺に安置されている即身仏。
 「弘智法印 宥貞」は真言宗で修業を積んだ高僧で1683(天和3)年、92歳の時、石でできた薬師如来像の中に入定された。

1991年にアルプス山脈で発見された
約5300年前の男「アイスマン」
アルプスの氷河で見つかり、「エッツィ」の愛称で知られる有名な男性のミイラ「アイスマン」。負傷し、おそらく追われていたアイスマンは、アルプスの高山で、背中を矢で射られて死亡した。→
南米先住民であるヒバロ族が制作した干し首
彼らは敵の首を切り落とした後、頭部の皮膚を頭骨から丁重に
剥いて袋状に加工し、その中に熱した石を詰めて縮ませた。



ミイラの皮膚表面に付着した蛾の幼虫の抜け殻   ミイラ頭部の拡大写真・・
ヒメマルカツオブシムシの抜け殻が付着している。
このミイラは1923年にメキシコ政府から寄贈されたものです。直後に関東大震災が発生し、その混乱のために行方不明に。
その後捜査したところ、ある男が入手して見世物として地方を巡回していたことが明らかとなり、埼玉県の某寺に成仏を願って納められていたところを発見され無事収蔵されることとなった。このミイラの放射性炭素年代測定を行ったところ、おおよそ16世紀のものと判明。保存状態が非常に良いが、人工的なミイラの痕跡は見つかっていない。また、埋葬姿勢はキリスト教式埋葬によるものと推定される。 
 ミイラの保存修復  上)修復前の状態のミイラ    下)修復後の状態
修復後の頭部


じっくり観てたら、気づくと2時間くらい掛けて
展示をみていたようです
大阪の南港ATCギャラリーで9月26日まで開催、
怖い!とかは、ぜんぜんなくて、
興味深さがいっぱいです

生命の神秘を感じることができました。


チリバヤの成人の人工ミイラ
ミイラが日光にさらされていた間に白く劣化した。



2021年8月5日、幼馴染と広島世羅高原農場のひまわりと平和記念公園に行っていました。夕食は広島焼きのお好み焼きを・・・
チューリップに続いて2回目の広島です。7月31日~8月22日植栽面積65000㎡ 品種60種 110万本が太陽に向かって咲き誇る姿を見たくて・・・
朝から照り付ける暑さです。
世羅農業公園(広島県世羅郡世羅町大字別迫1124-11)株式会社世羅高原農場は、花夢の里・せらふじ園・そらの花畑せら高原花の森と4つの農園で世羅の丘を彩ります。 入園料1,000円 入園口入るとすぐに見頃の
ひまわり(サンフィニティ)が咲き誇っています
サンフィニティ 園内マップ
 背の高いヒャクニチソウは見頃 東北八重のひまわり、早咲きのようですが蕾状態、
迷路にもなっているようです 
咲いているところを見つけて・・・  背が高く遠くまで見通すことが出来ません 
 奥に行くほど5部~8部咲きになっています
 見晴らしの展望台から、秋のダリアとガーデンマム祭の
ダリア園(9月11日~10月31日)
 見晴らしの展望台からひまわり畑
(ハイブリッドサンフラワー)
 見晴らし台からズームでひまわり畑(ハイブリッドサンフラワー)を 
 ちょっとワイドで・・・
 風車展望台から濃いビンセントオレンジとちょっと薄めのビンセントポメロ・・・圧巻
左のビンセントオレンジはひまわり花摘みコーナーのようです
  風車展望台から見頃のひまわり(サンフィニティ)を
 結婚写真の前撮りのようです 濃いビンセントオレンジ 
濃いビンセントオレンジ  
 夏はひまわり みんな元気よく太陽向かってる(❁´◡`❁) 青空と黄色いひまわりに暑さも忘れてパチリパチリ ♪ .•*¨*•.¸¸♬✧
 見本園の白いひまわり〝ホワイトナイト” 見本園の赤いひまわり〝クラレット” 
ちょっと高い所から 薄めのビンセントポメロ
  薄めのビンセントポメロ
 フォレストデッキへと・・・ フォレストデッキから、ひまわり迷路と東北八重は蕾固し状態です 
  ワイドで・・・世羅高原の魅力は、なんといっても広大な敷地全体にお花が咲き乱れるスケールの大きさです。圧巻です
 フォレストデッキからひまわり(サンフィニティ)を 
サンフィニティは次から次へと咲くので長く楽しみことができそう・・・ 
  ひまわりタワー 世羅高原農業を後に平和記念公園へと約100km 
 平和記念公園原爆ドーム到着です原爆ドーム(元広島産業奨励館)
広島産業奨励館、南東約160m地点の上空約600mで炸裂し建物は大破全焼館内にいた全員が即死、
しかし爆風が上方から殆ど垂直に働いたため建物の壁の一部は倒壊を免れ最上部に残った鉄骨により
円蓋を持つ建物であったことが分かる程度の残骸となりました。最上部の円蓋鉄骨の形からいつしか
市民から原爆ドームと呼ばれるようになりました
  動員学徒慰霊塔  花束が添えられ白い布が巻かれています。これも明日の為か?
 元安橋を渡り広島平和記念公園へと・・・河川敷に舞台のような物が1998年にスタートした原爆ドーム前の元安川を舞台にした平和コンサートが開催される舞台のようです アートで繋がる世界 〝ONE DREAM 2021"が開催中 
  原爆子の像・・・三脚のドーム型の台座の頂上に折鶴を
捧げ持つ少女のブロンズ像、高さ9mあるようです
この「原爆の子の像」に捧げられる数多くの折り鶴を雨露から守るため、2002(平成14)年4月に、像の周囲に新たに屋根付きの折り鶴台(ブース)が整備されています。 
 遊歩道に写真パネルが 平和記念公園から原爆ドームを・・ 
  平和の鐘 原爆子の像の側面左右の二体は少年と少女と明るい希望を象徴しています。被爆から10年後に白血病で亡くなった少女、佐々木禎子さんが大きくかかわっているそうです原爆で亡くなった子どもたちの霊を慰め平和を築くための像をつくろうという運動が始まり、全国からの募金で平和記念公園内に「原爆の子の像」が完成しました。 
 祈りの像 原爆死没者慰霊碑 
 祈りの泉 資料館へと・・・ 
 被爆前の広島のパネルが掲げられています 子供たちの元気な姿も・・・ 
 原爆投下後の広島 原爆の熱線、爆風、放射線による破壊の
凄まじさと悲惨さをうかがうことができます 
 資料館壁一面に原爆投下で破壊された広島が
 被爆パノラマでは原爆が投下された惨状を
視覚的に伝えられています
頭、髪は焼けちぢり 顔 腕 背 足のいたるところの火ぶくれ やけどの皮膚がボロぎれのように垂れ下がる頬に涙が伝いファインダーを通す情景がうるんだ  まさに地獄だ。 とメッセジーが 
 御幸橋には大火傷を負って逃れてきた負傷者が
群がっていた、カメラを構えたがシャッターをが切れない
 20分程ためらい一枚目のシャッターを切った。と
北西の上空を仰ぐと、もの凄い煙が立ち上がっている 
かって見たこともない大爆煙である。と 
 亡くなって生徒達の遺品
被爆から75年を経た今もなお、資料の寄贈は増え続けているようです
犠牲者の在りし日を偲び、生きた証を伝えています
写真と共に遺品も展示 
  ガラスの食器の溶融塊  古銭の溶融塊 板ガラスの溶融塊 被爆から7年後に発掘された遺(1952年7月30日) 
 平和記念資料館通路から・・・76回目の原爆の日の
広島平和記念式典の準備がされています。
広島に投下された原子爆弾リトルボーイ(左) 長さ3m 直径0.7m
右は長崎に投下された原子爆弾 
 原爆ドームの元の姿と現在の原爆ドーム 被爆された火傷・ケロイドと多数の写真パネル、
私もシャッターを切を切ることにためらいが・・・・ 
 被爆した瓦(左) 正常な瓦(右)  広島の歩みをパネルで展示
モンペとその上着 被害を伝える衣服  発掘された遺品・・・これらは持ち主が分からない物です
身元が判明した物は遺族へ引き渡されたとか 
被爆した馬のはく製  撮影した人の紹介も・・・私は命令とはいえ、
初めは写真を撮ることを躊躇してしていました/
写真を撮るとき視線が合うんです この人は私を見ています 
 平和記念資料館を後にスマホで探した、お好み焼き店へ 元安橋から原爆ドームを・・・ 
 平和記念公園近くの長田屋さんで夕食です 広島焼き 食べてから気が付いてパチリ 
お腹もいっぱいになり後は帰るのみ、SAでお土産のもみじ饅頭を買い、幼馴染は相生市、相生まで約230km、
相生から自宅46km無事自宅到着22時30分。今日の総距離600kmでした 



2021年8月2日、友人と箕面公園で川床を楽しみます
川床料理は明治の森箕面国定公園内に二軒ある、一軒「磯よし」に予約を入れています。お店の前まで車では行けません。公園内は車進入禁止です。箕面駅前駐車場に車を置き歩きです。 暑いです 汗だくになりながら・・・
 阪急箕面駅 駅前にツタが絡まる洒落た喫茶雅楽(UTA)
滝道スタートするとすぐに滝、水車が回っているようです。
ここから滝まで2.7km、徒歩約40分
 一の橋手前に〝氷”の旗が出ているYUZUYA
音羽山荘・・お寿司が有名な箕面の料亭の
ようで結婚式等も出来るようです 
ちょっとお庭に・・趣があり滝まで流れています 
 音羽山荘・・大正時代の邸宅だとか、
建造物は重みや格式を感じます。
音羽山荘 梅屋敷
平日は9人以上でないと営業されません。 
 平日とお昼は営業されていません 箕面川で川遊びをするしている人たち、
気持ち良さそうです 
川遊びをするちょっと上にちょっとした滝が・・・  箕面駅から約1kmに昆虫館、いもむし・けむし🐛展が開催中
イモムシ・🐛は最高に苦手です 
  昆虫館から川を挟んだ先が私たちが予約をいれた
〝磯よし 川床”
橋を渡り川床へ・・・ 
 橋から上流方向を・・・ 箕面川のほとりで川のせせらぎを聞きながら、
料理を堪能できるのは最高の幸せです 
お土産として親しまれているもみじが
提灯に描かれています 
刺身・煮物・酢の物と種類豊富に・・・ 
  鮎の塩焼き 天ぷら 
 ご飯・そうめんの汁物 デザート 消費税込みで4,000円
美味しかったです 
食事後、箕面大滝へと  前方瀧安寺 
瑞雲橋をくぐり箕面大滝へと・・・ 滝まで1.2km地点にある小滝 
 トイレ軽食などが頂ける、修行の古場休憩所    唐人戻岩・・箕面駅から2km滝まで700mに
唐の貴人が箕面の滝のたぐいまれな事を聞いて巨岩まできたのですが、険しい事に驚き立ち返ったとの伝説があります。高さ7.5m 幅2.1m 二つの岩で成り立っています。
 唐人戻岩を振り返る 釣鐘淵 
 箕面大滝が見えてきました
沿道には名物もみじの天ぷらを揚げるお土産屋さんや、
歴史ある建物を活かしたカフェやレストランなどが
点在していました。
 箕面大滝・・・大阪府唯一の滝百選に選ばれた
落差33m幅5mの滝。古くから名瀑として知られ、
戦国時代には織田信長が立ち寄ったと伝えられています
 滝の上部を    滝壺へと落ちる水しぶきが風に乗って頬を
かすめていくと気持ちいい!!
 箕面の滝   赤い滝見橋から・・・
 お土産屋さんの屋根に阪神タイガースの
洋服を着たわんちゃんが・・ 
 長左エ門谷を下ります
 ヤブミョウガの花があっちこっちに咲いていました   フェンスに💛遊び心あり 
瀧安寺付近の小滝 小さな滝が数多くありました  箕面市瀧安寺の本堂(弁天堂)への参道の鳥居です。
瀧安寺は宝くじ発祥の地としても有名。江戸時代、資金収集のために始まった「富籤・富くじ(とみくじ)」が始まり、これが後の宝くじになったと言われています。 
瀧安寺の瑞雲橋です   瑞雲橋から瀧安寺・観音堂 山門を・・・
 左側には庫裏、客殿、鳳凰閣、学問堂が建てられていますが、平成30年の台風21号により、本坊は解体撤去されていました。立ち入り禁止になっていました 瀧安寺の観音堂です。 
中央に如意輪観音像(重要文化財)、
左に阿弥陀如来像、右に弘法大師像が安置
山門の向こうに磯よし川床の赤い提灯がチラホラと・・
 箕面市瀧安寺の山門です。
京都御所内にあった桜町天皇の御座所の門を
光格天皇より賜り、この地に移設した格式のある門です。
磯よし川床を後に・・・ 
 Cafe Timeで休憩 店内に入るとクーラーが
きいて気持ちいい かき氷で一息で~す 
友人はいちごのかき氷 
 私はすもも・・すもものシロップと果肉の裏ごしの
ソースがかかっています

冷たくて美味しい一息つくことができました。
音羽山荘まで戻ってきました。駐車場まであとわずか
もみじの天ぷらをお土産に・・暑かった  



2021年7月29日、涼を求めて琴滝(京都府 船井郡 京丹波町市森)と丹波篠山・並木道中央公園に鎮座する模型の恐竜を見に行ってきました。スマホで琴滝を目的地にすると細い林道を抜け琴泉洞というトンネルを抜けるとちょっと広場のような場所に出ます。ここは滝の最上部のようです
 後で地図を見ると「小瀧池」のようで、
もう少し上に「大滝池」があるようです
小瀧池から琴滝への流れ 
小瀧池から流れ落ちる「琴滝の最上部」です。
横に下に降りる遊歩道が続いていましたが、
滝壺の案内板が出ていた所まで戻ります
琴滝の入り口案内板
  ここから滝まで遊歩道が続いています。
舗装されています。
 琴滝の駐車場から緑に囲まれた遊歩道を歩くこと5分、
右手には川が流れ奥に琴滝にが見えてきました。 
 高さ約43mもある1枚岩を流れる水が琴のように見えることから「琴滝」と名付けられました。そして、この滝の高さは、なんと京都府内最大級なんですって! その美しさから映画やCMのロケ地にもなっているそうです。 滝壺に逆さ琴滝が・・・ 
  滝壺に近づいて上部を・・・緑が綺麗 下部を・・・琴の玄のようにも見えます 
 最初に見た最上部をズームで・・・ 飛沫がかかるところまで・・・ 
 「京都の自然200選」に選ばれている「琴滝」 
滝の水音だけをのんびり聞いていると、
空模様が怪しくなり雷がゴロゴロと・・・
最後に一枚と、帰ってから写真を見るとこんな感じに映っていました
知る人ぞ知る「心霊スポット」のようです  
 滝下流方面・・今までこんな映り方しなかったのに・・・  琴滝手前にある、玉雲寺
応永23年(1416年)に太容梵清禅氏が須知出羽守慶吉の
慈請を受けて創建した丹波屈指の曹洞宗の禅寺です。
 緑が最高、紅葉の季節はもっと素敵かも・・ 石垣の上に建つ立派な楼門 
 本堂  本尊 釈迦牟尼仏
天正7年(1579年)に明智光秀の市森城攻撃により建物や
宝物はほとんど焼失したため、現在の境内などは光秀が
天正8年に再興したものです。
 観音堂と九重石塔と桔梗 
 桔梗の時期は過ぎたようです。綺麗なところを見つけて
雷ゴロゴロが止み「丹波篠山・並木道中央公園(丹波篠山市西古佐90番地)」へと向かいます
丹波並木道中央公園管理棟・・目の前の広場には、木製のすべり台やブランコなどが設置されています。
県立丹波並木道中央公園は、周りを山々に囲まれた緑豊かな公園で、甲子園球場約18個分にあたる70.9haの広さを誇り、面積の約7割は
森林で覆われ、「森林活動センター」や、古代米や黒豆の収穫体験ができる「棚田」など、自然に触れ合える施設が充実しています
展示室には、丹波篠山市内で発見された哺乳類の復元模型、子どもたちが発見した実物の
化石などの展示や、篠山層群の成り立ちなどが紹介されています。 
 茅葺民家へと、篠山市大山新から平成17年3月に
同公園に移築された庄屋宅。旧中道家
室内見学は無料のようです 土間から居間座敷を 
 三間続きの座敷 土間面積が小さく直接農耕作業と分離されている
ことがうかがわれるそうです 
  縁側から庭を・・・ 座敷の襖絵は明治時代の物、当時中道家で
使われていた物だそうです 
  仏間・衣裳部屋・居間へと三間続いています  竈に煤が利用されているようです
 蔵へと通ずる庭  旧中道家は江戸末期に建てられた庄屋宅
中道家は篠山市から丹波柏原に抜ける旧街道沿いにありました。江戸時代後半には庄屋であったことが「兵庫県史」や「大山村史」に記されています。 
 茅葺民家から篠山市街を・・・ 模型恐竜が展示されている、森林活動センターへ
15分程かかるようです 
森林活動センターが見えてきました 周囲は芝生で
埋め尽くされ手入れが行き届いています 
 模型はトリケラトプス、全長約5メートル、高さ約2メートル。
土・日・祝日の午前9時~午後4時まで、人が近づくと目、首、尻尾、口が動き鳴き声が流れるそうです。
今日は動かず暑い中ただ立ち尽くすのみ・・
トリケラトプス  表面はウレタン製だそうです   ティラノサウルス
迫力満点   今にも飛び掛かってきそう・・・
2体で約600万円
2体の恐竜を後に・・・ 茅葺民家、管理棟が見えてきました 
暑いで~す 大急ぎでクーラーの効く車へと 



2021年7月26日、4チャンネルtvの生中継で紹介されていた「丹後特産の新芳露メロン」を買いに、谷芳農園に行ってきました。メロン購入だけに高速料金を使って行くのはちょっと無駄遣いかなぁ、と思うので前から行ってみたいと思っていた「霧降の滝」も一緒に・・・
谷芳農園(京都府京丹後市網野町小浜545☎0772-72-2681)
スイカ、メロン、トマト、イチゴ、さつまいも等が主な
生産物となり、 特にスイカ・メロンは有名で京丹後市の
名産ともなっているようでです。糖度の高さで有名です。
幻のメロン新芳露
幻のメロンと呼ばれる訳は、丹波地方の限られた農家しか生産されておらず、直売が中心のメロンで、生産量も少なく市場には出回ることがないため幻のメロンと呼ばれています。日持ちがしないようです。食べ頃になると果皮が黄色く色づき芳香が漂う時が最高の食べ頃になるとか・・・
 谷芳農園から離湖を・・・離湖にぶらっと・・・ 離湖に「心」の球体が・・・
球体の傍に古墳も・・・ 
この石組は横穴式石室と呼ばれるもので、元はこの地点から約200m北西にあったものを昭和42年にこの場所に移築されたようです。
7世紀初めの物で、石室の中から7体の人骨、大刀・槍等の武具、装身具、さらに馬具土器類など、沢山の副葬品などが発見されています
  石室内部から外を・・・ 離湖の周辺をちょっこと歩いてみます 
周囲3.8km 水深7m 水面面積35ha 府下最大の淡水湖
冬には渡り鳥がやってくる他、ヘラブナやワカサギ釣りの
名所としても知られています。 
急な石段の上に何があるのか?景色が綺麗か? 
上がって見ることに・・・ 
  小さな祠があるだけ・・ 
石段は78段ありました
離湖を後に・・
霧降の滝(京都府京丹後市網野町新庄)へと・・・ 
 車一台分の細い道を・・・霧降の滝駐車場到着
この先350mで霧降の滝 熊出没注意の看板もあり
苔むした遊歩道に小さな滝 
 ちょっと見ごたえのある滝をぐるっと回って・・・ 木漏れ日の遊歩道 
 静寂に包まれて・・・  遊歩道は整備されておりあっという間に到着で~す 
 わぁ 凄い 圧巻です
先客が数人・・・何かのセッティングをされています
福田川支流に懸かる滝で幅4m落差21mの断崖で、凸凹の岩肌に砕かれ飛沫を上げる姿は壮快で、また、飛沫が霧となって降りそそぐことから「霧降の滝」と呼ばれています。 
この霧降りの滝には岩に不動明王を線刻されているなど
信仰と深く結びついているようです。 
不動明王をアップで・・・
 苔むした先に小さな祠  滝最上部を・・・
滝の飛沫がかかるところから見上げる・・
涼しい 気持ち良い
滝壺はほぼないに等しく、落ちると同時に
川の流れとなっています。 
 下流方面・・・音楽関係の人たちのようです 何も聞けず・・・ 霧降の滝を後に・・・駐車場へと 



2021年7月22日、日本棚田百選に選ばれた岩座神の棚田に月1回行く水汲みと一緒に行って来ました。季節によって全く違った風景を楽しむ事が出来るのが棚田です。
棚田手前に「岩座神の七不思議の血石」の看板を見つけて・・・ 血石は草に覆われて赤みをおびた岩肌を見ることが出来ません。
江戸時代の初めに寺勾配工法(寺院の屋根のように下部を緩やかにして上部に向かうほど急勾配にした石垣)で積み上げられたという高い石垣が現存しています。 多可町加美区岩座神にある11.8ha・344枚の棚田で
農林水産省の「日本の棚田百選」に選定」
 ワイドで・・・ 
棚田すぐ近くに五霊神社が・・・ 郷土記念物 岩座神のホソバタブの巨木が鳥居のようです
県内第1・2・3の巨木だそうです
 石段の上が山門のようです 人影がチラホラ お祭りか何かの準備をされているようです
邪魔をしてはいけないようなのでここでUターン 
 五霊神社から棚田を・・・ 木々の間から・・・ 
 周辺の農家には茅葺き屋根も残され、
昔ながらの美しい里山景観を保っています。
棚田入り口付近に案内板 
 案内板付近から棚田を・・・ 汗だくだく、クーラーの効いた車内へと・・
水汲み場へと急ぎます 



2021年7月15日、ひまわりの花が咲いているかなぁと思い、
淡路島国営明石海峡公園と花さじきに行って来ました。
明石大橋走行中 SAから大橋を望む
オアシス方面を・・・ 淡路島国営明石海峡公園到着  淡路口ゲートから
 移ろいの庭のひまわりは小さな蕾、
まだまだ先のようです
 移ろいの庭のアンゲロニア・サリカリーフォリアは見頃
  風の丘に咲くセンニチコウ・ファイヤーワーク 花の谷の紫陽花は色あせて・・・・ 
 花の谷・・ヘメロカリス 花の谷へと下ります 
 花の谷・・滅多に咲かない花 アオノリュウゼツラン  数十年かけてたった一度だけ咲き、その後は静かに
枯れていきます。開花まであと数日かかるようです 
空のテラス・・・
円形の黒い御影石上部から水が湧き出ています 
空のテラスから風の丘、その先に大阪湾が・・・ 
空のテラス 空のテラスから天壇テラスへの階段両脇に
アナベル、見頃を過ぎ緑色に・・ 
 緑色になっていても圧巻です 月のテラス・・ひまわりは早かった 残念"(-""-)" 
  月のテラスから花火鳥  緑一色のひまわり 
 一輪見つけて 緑の中から幾つか・・・ 
 貴重な一輪 花の中海、傍にインパチェンス 
 インパチェンスは見頃 滝のテラスへと・・・ 
滝のテラス・・道に沿って7つの滝が・・・  滝のテラス、のんびりと水辺散策 
 滝のテラス水辺散策路から・・・  滝のテラスから花の島へと・・・
花の島から花の中海を・・・
 大地の虹のひまわりは蕾固し状態 大地の虹のインパチェンス 
 赤・桃・白のベゴニアで飾られた花火鳥。  鮮やか!!
 花火鳥の後ろ姿
震災から再生と復興の祈りを込めた、
高さ4m 長さ30mの花火鳥は超豪華
 アンゲロニアが咲く先は滝のテラス
花の中海とポプラの丘   花の中海に沿ってミソハギが咲き誇っています 
 燃えるような真っ赤な、サンゴシトウ アーチに絡まる、ノウゼンカズラはまだ緑 
 緩やかなカーブを取り入れた海見橋 海見橋から大阪湾を・・・ 
海見橋から水の樹・・・ラクウショウの大木が水盤の真ん中に
そそり立つ木陰の休息スポットになっています 
園内一周暁の庭に戻ってきました
暁の庭は朝日や夕日を楽しめ、季節の移ろいを感じながら
散策できる庭になっています 
ビジター棟に、カラフルなビニール傘が青空を
背景に浮かぶ「れいんぼーあんぶれら」 
 2F通路から・・・フォトスポットとなっています 
 ビジター棟内にも、天井からカラフルナ傘がぶら下がっています  淡路口ゲーート
 残念ながら満開のひまわりを見ることできませんでした
淡路島国営明石海峡公園を後に花さじきへと向かいます。
 ひまわり咲いてます 入り口には5部咲きとか・・・
牧草を刈り込んで製作される巨大地上絵「みんなげんき!!」
共生の花園のひまわり 
 共生の花園のひまわり  360度の展望が楽しめる木製のテラスデッキと
花さじきテラス館前のひまわりの開花はまだまだ先のようです 
 天空の庭に、センニチコウ・ファイヤーワーク  ストライプ状に植えられて色とりどりのケイトウ
 ピンク色のペンタス、紫色のアゲラタム、
黄色のマリーゴールドが一直線に海へと・・・
 展望台から
 展望台からワイドで・・・
 未来へつなぐ樹齢1000年のオリーブの木 あわじ花さじき席 
  真っ赤なサルビアの先にクレオメが・・・ 癒しの花園に咲くクレオメ 
 蝶を呼ぶ花として、「西洋風蝶草」の名がついており、上品な香りと淡いパステル調の色合いが夏の『涼』を
演出する花で気温の下がる朝夕が特に美しい花です。 
 ワイドで圧巻です
 癒しの花園に咲くクレオメを後に・・・
 白いノゲイトウホルン、赤いセロシアアジアンガーデンが
咲く歓びの庭の遊歩道
 歓びの庭に咲き誇るアンゲロニア
 歓びの丘から歓びの庭を振り返り、
再び共生の花園のひまわり畑へと・・・
歓びの丘からちょっとズームで・・・ 
  共生の花園 ひまわり畑から花さじきテラス館を・・・
 ひまわり咲いてて良かった

 淡路SA出口付近で気になった建物にちょっと寄ってみます
車道に車を止めて・・・
 入り口に象のモニュメントが・・・   キリンさんも寛いています
〝グランピングリゾート あわじ” 最近あっちこっちに出来た、宿泊施設のようです(岩屋2604) 
一度は宿泊してみたい 



2021年7月8日、芝さくらで有名なヤマサ蒲鉾工場の北側の池で蓮の花が見頃を向かえていのじゃないかなぁーと思いながらも大雨・・・
午後になって曇り空、ちょっと行って見ることに・・・
工場北側に出来ている「蓮の花苑」には、大賀蓮や青菱紅蓮、美中紅、城陽蓮、蜀紅連、赤蓮など、6種類の蓮が、約12,000平方メートルの蓮池に咲き誇っています。白やピンク、色とりどりの花畑の中に遊歩道があり、色んな角度から、花々を楽しむことが出来るようになっています。
ヤマサ蒲鉾、すぐ近くに“御食事処・姫路おみやげ 夢乃そば”
地元の新鮮野菜や播州銘菓、全国からセレクトした食品や
おしゃれな雑貨が並ぶ売店など、買い物が
楽しめる空間となっています。
ヤマサ蒲鉾直売店
(姫路市夢前町置本327-16)
木橋が通っていて、間近で蓮の花を楽しむことが出来ます。 
  夢前町に花の名所を作ろうと春になると芝桜の小道を無料で公開。
しかし、芝桜のシーズンが限られていることを受け、一年中花が楽しめる場所にとこの時期にハス畑の公開。
ハスは2017年の5月に植え付けられ、赤色の大賀蓮やピンク色の美中紅など6種類が植え付けられました
蓮は泥水の中でも美しい花を咲かせることから、苦しみの中でも汚れる事のない清らかな心を象徴する花とされています
午前中の激しい雨で花びらが弱っていましたが、蕾もまだ沢山ありまだまだ楽しめそうです



2021年7月6日、養父市の西端。スキー場のメッカ鉢伏山の中腹に広がる別宮(べっくう)の棚田と大カツラ。田植えの季節を終え、新緑にも彩られた爽やかな景色を楽しみに今にも降りそうな曇り空の中出かけてみました。
 標高700mの高地に位置し、兵庫の屋根 氷ノ山や杉の木立を背景にして100枚余りの田んぼが優雅な曲線を描きながら
連なっています。すぐ近くに大カツラがあり、そこから湧き出る清水を利用して水田が出来たと云われています。
 ワイドで・・・氷ノ山の山裾から雲が湧き、幻想的な雰囲気が漂っています
 水をはってから田植えまでの約一週間、水田に反射した〝逆さ氷ノ山”貴重な風景をめざして
多くの写真愛好家が訪れるようです
スキー場が点在する、但馬アルペンロード沿いにあります。

  棚田から道路を挟んで10m程の処にある大カツラへ・・
新緑に覆われて新緑だけしか見えません

樹齢400年以上といわれ集落のシンボルとして
大切に守られてきた大カツラ
樹高 27.32m  幹回り 14.50m 枝張り 東西 24m 南北 26m
(昭和40年3月16日 県指定天然記念物) 
この大カツラは雌株で主幹を中心に大小100本近くの
幹が叢生し支幹はゆるく左巻きねじれた巨大老木
根元から豊富な清水が湧き出て、
水田へと流れていきます
親水池    ベンチやトイレ等も整備されていました。

 棚田への途中ちょっと気になった、蓮が咲く高照寺(養父市八鹿町高柳1156 ☎079-662-2865)に寄ってみます。
 氷ノ山スキー場を横目に高照寺へと・・  国道9号線の北側。せりあがる山の中腹へと延びる
緩やかな坂道と石段が高照寺への参道となっています。
入山料300円を入れ参拝記念品を貰って 
 参道に慈母観音 本堂へと続く参道 
 参道脇に石仏様 参道から八鹿高柳の街並みを・・・ 
 高野山真言宗の寺院で、養老4年(西暦720年)行基上人によって開かれ、現在地に移転して202年由緒ある古刹。
但馬七花寺としても有名です(本尊・胎蔵界大日如来)
10人以上で予約すれば法話が聞けるとか・・・ 
 但馬七花寺、木蓮の寺高照寺のようですが、4年前から
當麻寺から譲り受けた蓮根を大切に育て、増やして
今では約20鉢に蓮も加わり、木蓮・蓮の花寺に・・・ちょっと早かった
  弘法大師像、まわりに蓮鉢
明日は開花か?  葉っぱにころがる雨雫 
 境内から 高寺寺を後に・・・高速を使わずゆっくりのはずが、
養父は遠かった往復高速で・・・ 



2021年7月1日、空模様を気にしながら幼馴染と海に抱かれたまち、赤穂御崎へと・・・まずはランチを楽しみます。ランチ後は桃井ミュージアム・海と鳥居が絶景の 伊和都比売(いわつひめ)神社、海沿いの遊歩道、話題のカフェや店が点在する「きらきら坂」、心に残る景色を探しながら散策です。
赤穂市御崎・坂越を結ぶ県道32号線沿い、大海原を一望する
元保養所をリメイクした、ダイニングサロンOsaki和Cafe 
(赤穂市尾崎2470-150 
0791-46-8103)でランチで~す
入り口がかなり趣があってちょっと
高級感漂わせてます
店内は絵画や骨董をさり気なく飾った
美術館のようなカフェになっています
食事が用意されるまで店内うろうろ・・・
  カフェとは思えない感覚に・・・ リゾートホテルのようなテラス席、テラス越しに広がるのは目を奪われるほどの絶景!大きく切りとられた窓から光が降り注ぐカウンター、ゆったりくつろげるソファーなど、テラス・店内で抜群のロケーションを堪能できます。 
テラス席に出ると大海原を望むことができます あいにくの空模様ですがずっーと先まで
望むことができます 
 風にターブがそよぐテラス席は大人気のはずが、
昨日の雨で使うことが出来ないと・・・


エビフライ&チーズハンバーグを頂きます 
 2068円 
ランチ後は、雲火焼き展示館 桃井ミュージアム(赤穂市御崎634 0791-56-9933)へと
桃井ミュージアムは、雲火焼きに魅せられ、復元に成功した作家が9年前に開いた私設美術館。
雲火焼とは江戸時代後期から明治時代初期にかけて、この地で生み出された焼き物。
うわぐすりを使わずとも鈍い光沢を放ち、まるで御崎から眺める夕焼け空のような色合いが特長でしたが、
いつしか絶えてしまった幻の焼き物だそうです。 
 桃井ミュージアム外観
入館料として500円の金券を購入するシステムで、金券は館内で
物品の購入や飲食に使用できるようになっています。
建物前の、あっちこっちに水琴窟 
玄関前にも手洗い水琴窟  店内
  可愛いお願いねこちゃん   雲火焼き 購入することも出来るようです
そして圧巻は、瀬戸内海を望むその名も「水琴窟の庭」です。水琴窟(すいきんくつ)とは、甕の中に滴り落ちた水が
音色を反響させる仕組みで、なんともいえない琴のような音を奏でてくれる日本庭園の装飾のひとつです。
江戸時代に多く造られ、風流人に愛されてきました。 
 大石内蔵助も聞いたであろう
水琴窟に一勺の水を注ぎます
最近の話題は幹をくるりと結んだ、縁結びの松。
恋人の聖地と若いファンが多いようです 
 くるりと結んだ幹 自撮りに挑戦 うまく撮れたか? 
  水琴窟の庭を後に2Fへと・・・ 2Fから店内を・・・ 
よみがえる赤穂緞通・・・・「日本三大緞通」の一つに
数えられ、その製造技法が赤穂市無形文化財に
指定されています 


館内カフェで500円の金券で桃ソフトクリームを
頂きます。カップは雲火焼き 
 続いて伊和都比売(いわつひめ)神社へ、空模様がちょっと気になります
伊和都比売(いわつひめ)神社、(平安中期の延喜式神名帳にも、その名が記載される古社)
赤穂市御崎の温泉街に位置する伊和都比売神社。もとは海上に浮かぶ岩礁の上に祀られていましたが、天和3年に、
浅野内匠顕長矩が今の場所に移したと言われています。
航海安全、大漁祈願として参拝される他、恋愛にご利益のある「姫守」を求めて参拝する人がも多いようです。
 茅の輪(ちのわ)の先に拝殿が  手水鉢・・江戸城松の廊下で赤穂藩主浅野内匠頭の刀傷事件が
あった元禄14年、氏子から寄進されたもの 
 境内に大きな茅の輪(ちのわ) くぐってお参りです
藁や茅で作った大きな「茅の輪」を立て、この輪を3回くぐることで、自らの心身の穢れ、知らず知らずに犯してしまった罪や過ちを祓い清めること。厄落としをすることで、無病息災を願い、心身を清めてお盆や新年を迎えられるとされています。
茅の輪の先に鳥居 まさに絶景 
 鳥居越しに海が望めて、なかなか壮観です。
航海安全や大漁祈願のために、海上の船から
参拝されることも多いそうです。
赤穂御崎公園遊歩道ぶらぶら開始で~す 
  潮風が気持ちよいです お家の庭にブイで作られた人形が沢山置かれています 
 瀬戸内海が一望できる遊歩道。景色が素晴らしく、
気分が良いです。赤穂御崎公園遊歩道は大塚海岸まで
1.1kmの遊歩道が整備されています
大石名残の松
大石内蔵助が赤穂を去る時に、 何度も見返していたと
言われています。今は枯れて幹に儚く昔の語り種を
残すのみのようです 
 きらきら坂へはぶらぶら後に・・・
小さいながらも素敵なお店が集まってます
干潮時のみ渡ることができる、たたみ岩。 
二人で渡ると恋が成就するとか今は引き潮が、
満ちてきているのか? 
 奇岩が続き、変化に富む遊歩道沿い ここは断崖絶壁 
 福浦海水浴遊歩道沿いに保養所、別荘が建っています。  赤穂ゴールドロン(遊歩道に解説のプレートがあります)
赤褐色の部分が赤穂ゴールドロン。約8200万年前の大規模な噴火によるカルデラが陥没してできた地域にある。恐竜時代の火山活動の痕跡をみて触れられるのは貴重な体験です
 海との距離と岩肌との距離が近く不思議な感覚に・・・ 潮風に吹かれながら歩くと気分最高 雨も大丈夫のようです  
 大塚海岸東福浦海水浴場水浴場  
海岸は石で整備されており、海水浴場には見えないです。
ライオン岩と案内板・・・ライオン岩らしい岩をズームで、
見ようによってはライオンに見えます 
 岩場を下りてみます  岩場に下りて潮だまりに何かいるかなぁと、
観察するのは又楽しいです 
 もう少し先で遊歩道は終り、ここでUターン 大塚海岸まで戻っていました 
 海へと一直線・・・・   福浦海水浴場の白い建物で若者達が
バーベキューを楽しんでいました。
遊歩道の先には点在する温泉宿   たたみ岩が前方に・・・
 満ちてきているようです。  遊歩道を後にきらきら坂へと・・・
 きらきら坂  階段のタイルがお洒落 きらきら坂登り口にナポリ料理の名店【さくらぐみ】が・・・
今は休憩時間のようです 
 店名の通り、海に溶け込む「きらきら坂」で
昨年開店した【海と坂と】で休憩
店内風景
築70年の平屋をオナーが自ら改修。昔の時代の
家具を配した空間の温もりが心地よいです。 
旬のフルーツ桃のかき氷を頂きます。牛乳と生クリームの練乳と完熟メロンの瑞々しい甘みが口いっぱいに広がって幸せ気分に、口の中でスゥーと溶ける氷が一味違って美味しいです 1,100円 海に三方を囲まれた赤穂御崎の突端、伊和都比売神社から
海へと下りると「きらきら坂」を振り返る

雨に降られることなしに幼馴染と楽しい一時を・・・